夜を泳ぐ魚、運河に落ちた猫

海は怖い。
昼間の海はいい。問題は夜だ。夜に海辺に行く機会があるとき、私はいつも言い知れぬ恐怖に襲われる。波の音も潮風も心地よいけれど、夜の海は中に何が潜んでいるのかわからない。それが怖い。夜中に地震で目が覚める。TVの地震情報をつけると、震源伊豆大島沖、などと出ている。何が潜んでいるのかわからないだけでなしに、夜の海は何をしでかすかわからない。やはり怖い。
なかなか寝付けない晩に、私はときどき、夜の海の中を想像する。恐ろしい。暗い。何も見えない。そして、音もない。自分の部屋の、ベッドの中にいるということがわかりきっていても、身が縮むほど恐ろしい。
そんな夜の海を泳いでいく魚は、怖くないのだろうか。陸の上から、そんなことを思う。


もう10年以上も前のことだ。
夜、横浜駅の近くを歩いていたら、運河に架かる橋の上で、溺れている猫を見つけた。
誤って落ちたのだろうか。それとも心ない何者かが投げ入れたのだろうか。気の毒なことだ、と心を痛めた。
猫は、暗い運河の中で、必死でもがいている。鳴いてもいるのかもしれないが、繁華街の雑踏の音に紛れて、聞こえない。
どうすることもできないのに、いや、どうすることもできないから、私は橋の上から猫を見つめていた。猫は真っ黒な川面に浮いたり沈んだりしながら、そして、運河沿いに建つビルのネオンサインに時おり赤く、黄色く照らされたりしながら、そこから抜け出そうと懸命だった。しかし、やがて力尽きたのか、底知れぬほど真っ暗な運河の水の中に、猫はゆっくりと吸い込まれていった。私はその一部始終を見ていた。立ち尽くしたままだった。


私は魚になりたい。だけど、猫になりたい。




結局伝わりにくくなってしまったアレゴリー。人気blogランキング