接待クイズ

私はちゃんとした営利企業に勤めたことがないので、いわゆる「接待」というものにはいままで無縁である。まぁこのご時勢、普通の企業でもどの程度、接待攻勢が行われているのかはよくわからないけれども。
普通、接待といってパっとイメージするのは酒席だ。当然そこでは基本的に先方、つまり接待を受ける側を喜ばせ、不愉快にさせないようにしなくてはならない。だから若手が芸のひとつも見せたりするわけである。もう徹底的にヨイショしまくり、コンパニオンの女性なんかも呼んで、とにかく相手を持ち上げてしまうのだろう。
私にとってはさらにうまくイメージがわかないけれど、世間には「接待ゴルフ」なるものもあるやに聞く。ベタなマンガとかドラマでそういう話を見かけるが、もちろんそんな場面では、先方にスコアで勝つなんて間違ってもやってはいけない。ここに、単純な酒席の接待とは違った特徴がある。向こうが普通にゴルフが上手であれば問題はないが、もしヘタクソだったら。
これはもう、相手に遠慮しまくってヘボいショットを連発するか、さらにヘタクソなやつを自分の身内から連れてこなくてはならない。それが「接待ゴルフ」というものなのだから。
さて、もしクイズがゴルフのように、割とメジャーで、ポピュラーな競技だったとしたらどうだろう。これは当然、「接待クイズ」なるものができたりするんではあるまいか。「クイズに答えることによって、知的な優越感を感じられる」という点では、あるいはクイズは接待に向いているといえるのかもしれない。
むろん、相手をコテンパンに負かすなんてことなどあってはならない。接待される側のプロフィールを事前に入念に下調べし、先方の得意分野の問題を出さなくてはならないだろう。というか、それ以外の出題は許されない。


「いやぁ、山田くん。今日はいいクイズ日和だねぇ」
「はっ、一斗部長。私、本日、及ばずながら、出題を務めさせていただきます」
「ははは、まぁそんな堅くならずに気楽にいこうよ。とはいえ、お手柔らかにな」
「はい。ところで部長、出題のジャンルなんですが、偏っておりまして誠に恐縮ですが、本日は爆風スランプ』『中島らも』『村上春樹』『スキップカウズ』となっておりまして…」
「おやおや、ずいぶん気を遣ってくれたじゃないか」
「いえいえ、滅相もございません!」


そして言うまでもなく、先方と対戦するのは、何にも知らないアホな若手だ。ときどき、すっとんきょうな誤答をして場を盛り上げる、ぐらいのテクニックは必須である。クイズ研出身で、会社に内緒でクイズ作家の副業をしていた一斗茶太(仮名)みたいな人間など、もってのほかといえよう。
「では部長、問題です。Q.かつて存在していた、爆風スランプの公式ファンクラブの名/称」
『骨まで愛して』!」
「部長、ナイスアンサー!」
「わはははは、私も昔、会員だったものでね」
「さすが部長、お見事です。おそれいりました」
「いいからいいから、早く続きをやろうじゃないか」
「では、問題です。Q.中島らもは灘中学・灘高校の出身ですが、彼が灘中に合格したときの成/績」
8位!」
「部長、ナイスアンサー!」
「まぁ、これぐらいは基本だよキミ」


ここで特にやってはいけないのは、難易度設定のミスである。正解できないと先方はたちまち不機嫌になるからだ。
「Q.『ノルウェイの森』で、『僕』が生活していた寮のモデルとなった、目白に実在し、かつて村上春樹自身も暮らしていた学生寮の名前は何?」
「………」
「あ…。せ、正解は和敬塾です…」
「…ほう、ずいぶん難しい問題だねぇ」
「いえいえいえいえ! たまたまそういうものが1問まぎれていただけでございますので、部長、気を取り直して参りましょう」


そしてもっとも恐れるべきは、下っ端のアホが空気を読まずに正解してしまうことである。たまたま下っ端の得意ジャンルが先方とカブっていて、それにうんちくとかまで述べだしたらもう目も当てられない。
「Q.スキップカウズの『遠い雲』『さよならだ』などの曲の題材になっている/」
「えーと、大賀志健太郎です」
「……ほう、君もなかなかやるじゃないか。私もそれは知らないよ」
(バッ、バカ!)いえいえいえ部長、これはたまたまラッキーパンチでして、当てずっぽうで正解したようなものですから…」
「いやいや一斗部長。スキカウの初代ドラマーじゃないですか、ガンで亡くなった。だからスキカウの全部のアルバムには『このアルバムを大賀志健太郎くんに捧げます』って書いてある、ってのは基本ですよ」
(テメー、それ以上能書き垂れたら殺す!)ははは、そのファイトを仕事にも見せてくれよな、鈴木」


さぁ、だんだん先方が不機嫌になってきてしまった。動揺したのかお手つきまで重ねてしまって、明らかにおかんむりである。
「山田くん、早く次の問題を出したまえよ!」
「はっ、はい! Q.『限りなく透明に近いブルー』が映画化された際に…」
「キミィ、それは村上春樹じゃなくて龍じゃないか!」
「あああっ、申し訳ございません! 私の不手際で」
「不愉快だ! 私は帰る!」
「とっ、一斗部長ぉー!」
てなわけで、接待クイズは気を抜くと失敗に終わってしまったりするのである。あなおそろしや。


ていうかさぁ、もし本当に「接待クイズ」が一般的になったら、私らの需要って増えるよね。先方の趣味に合わせて、どんなジャンル・難易度の問題も作ります、みたいな。まぁ、ただの妄想なんだけど。




ていうか誰か私を接待して。らもとか爆風とかバンバン答えたい。人気blogランキング