芸能界の闇

その男は、部屋に入ってきた女を目にすると表情を崩した。
舌なめずりでもしそうなその下卑た笑顔。しかし、目だけは笑っていない。細い糸のような目が、眼鏡の奥から女を見据えていた。
女は、ひどく脅えた様子だった。そして、自分がこの部屋に呼ばれた理由を、うすうす感づいてもいるようだった。
「…話って、なんですか。見せたいものって、なんですか」
女の声が震えている。ドアの戸口から数歩、歩いたところで立ち尽くしてしまった女を、深く腰掛けたソファから見上げて男は言った。
「まぁ、座って話をしましょうか」
女は、男の正面に置かれたソファにゆっくりと腰掛け、そして目を伏せた。
「なにも、取って食おうというわけじゃないんだから」
嫌な声だ、と女は思った。低くくぐもって、そして粘つくような声。彼が笑うときには、グチャリと音がするように感じる。
「目的は、ねらいは、なんなんですか」
女は、男とは目を合わさずにそう訊ねる。
「ねらい? いやだなぁ、人をまるで悪者みたいに」
グチャグチャグチャ、と音を立てて男は笑った。
「私はなにもね、あなたは脅そうとかゆすろうというわけじゃない。ただね、あなたも芸能人だ。夢を売る、とまでは言わないが、イメージでTVに出て、イメージで食ってる、そんな仕事でしょう」
女は、やはり「あの件」だ、と唇をそっと噛みしめた。
「だから、そんなイメージが壊れないようにしなくては、とあなたにご忠告申し上げよう、とこういうわけなんです。ましてあなたは、若い女性タレントだ。イメージは大事にしたほうがいい、今後のためにもね」
女は、自分の過去の軽率な行動を悔いた。あんな昔の写真、もうとっくに存在すら忘れていたというのに。
長い低迷を経て、ようやくいまの位置をつかんだ。いや、それすらもまだ「つかみかけ」だ。女にとって、いまそれが世の中に出回ることが何を意味するかは…。わかる。痛いほど。
「私に、みなまで言わせる気ですか? それをいま目の前に出されなきゃ、わかりませんか?」
そういうと男は、自分の脇に無造作に置いてあった封筒から、中のものを取り出そうとした。
「いや、やめて」
女は立ち上がったが、それを制するように男に腕をつかまれた。
「いや、はなして」
「荒っぽいマネされなきゃわからねぇのか」
男は急に態度を変え、女の腕をつかんだまま、無理やりソファに座らせた。そして、苦悶に歪んだ女の眼前に、封筒から取り出した古びたチラシを取り出した。
そこに写っていたのは、確かに女の顔だった。いや、いまよりも10年ばかり若い。まるで中学生か高校生のような、そんな笑顔の女が写っていた。
「いや、やめて、お願い」
女は泣きながらもがく。その抵抗を楽しむように、男は低く粘ついた声で言った。
「確かにこれ、あんただな。あんたの写真だよな。アホキャラ、大ボケキャラでいま売り出し中のあんたのこんな過去がバラまかれたら、一体どうなるかわかってんだろう、里田さんよ」
男がつきつけた進学塾のチラシには、微笑む彼女の写真の横に「○○ゼミナールの特訓クラスでがんばって勉強しました。入試直前は一日10時間ぐらい勉強してたけど、おかげで志望校に入れました! 札幌大谷高校特進コース合格 里田舞のコメントがあった。


クイズ!ヘキサゴン』とかでの珍答が全部つくりで、里田まいが本当は頭がよかったら、という妄想のおそまつ。
ちなみに彼女が札幌大谷高出身というのは本当です。特進かどうかまでは知りませんが。




そして札幌大谷の特進がどんなもんかも知りませんが。人気blogランキング