一筆啓上

家の蔵書(というほど大げさなもんでもないが)から『新しい手紙百科』(飯田泰之著。有紀書房。昭和49年刊)という本を引っ張り出してみた。刊行年でおわかりかと思うが、ちっとも新しい本ではない。そしてタイトルでおわかりかと思うが、要は手紙の書き方とその例文が載せられた実用書である。ひねくれた本好きの人間なら先刻ご承知だろうが、こういう古い「手紙の書き方実例文案」ってのが、アナクロニックでノスタルジックだったりして割合面白いのだ。そんなわけでこの本をネタにまぁ、楽して一本(「タモリ倶楽部」風)。
まず章立てがすごい。「招待」の章なんか、「新年会に招く」「パーティーに招く」「誕生日に招く」というのはいいとして、「かるた会に招く」で1コーナーが割かれている。生まれてこの方、私は「かるた会」に誘う手紙を書いたこともなければ、もらったこともない。よく考えたら、そもそも「かるた会」というものをやったことがない。普通にみんなで集まって、かるたをやるだけの会なのだろうか? まさか。
で、せっかくなんでその「かるた会に招く」から引用。

 天津風 雲のかよい路吹き閉じよ 乙女の姿しばしとどめむ
 昨年から楽しみにしておりましたかるた会をいよいよ来る十四日(土)午後六時から私の家で開くことにいたしました。
 去年はあなたさまに一人勝ちされて無念の涙を飲みましたが、もう今年はそうはいきませんわよ。他に和歌子さん、ユリちゃん、秀子さん、トンコ、それに星島、笠原、柳さんなどの男性軍にチャー坊なども張り切っていますから、ゆめゆめご油断は禁物とおぼし召せ。ごちそうはみかんにおしるこぐらいのありきたりのものですが、ぜひご参加くださいませね。

疑問はわきあがる。なぜ「かるた会」(冒頭に引用された歌から、百人一首であろうことがわかる)を「昨年から楽しみ」にしていたのか? そんなに楽しい会なのか? 「和歌子」「ユリ」などの女性たちの名、「星島」「笠原」などの「男性軍」の名が挙げられているが、では「チャー坊」の性別は何なのか? 男女混合で行うことと「去年から楽しみに」していたこととは何か関係があるのか? 関係があるとしたら、「一人勝ち」とは何を意味するのか? 主催者は土曜日の夕方六時から人を呼んでおいて、本当に「みかんにおしるこぐらい」しか出さない気なのか?
また、私は文中にある「トンコ」なる女性に注目した。どうだろう、この脱力感満点のニックネーム。この女性は、その他の例文にも登場する。「誕生日に招く」から別の例文を引用しよう。

 お元気? こんどの日曜にヨッコの誕生祝いを開きます。第何回のだって? それはナイショ。べつに豪華なパーティーを催すわけじゃないからカクテル・ドレスの必要はありません。安心してネ。どうせお茶にサンドイッチぐらいだけど、みんなでジャカジャカ騒いじゃおうってわけよ。チコもトンコもゆかりもマッコも必ず来て頂戴。時間は二時ごろから。兄貴のギターでも借りてきてくれたら、ヨッコすっかりごきげんなんだがなァ。とにかくお待ちしているワ。

さらに疑問は浮かぶ。二時ごろから呼ぶのに、お茶にサンドイッチと、六時ごろから始まる「かるた会」よりも出るものがよいのはなぜか? お茶とサンドイッチで「ジャカジャカ騒いじゃ」えるものなのか?(私なら無理だ) そして「トンコ」は何者なのか? 「ヨッコ」なる人物は何者なのか? 「必ず来て頂戴」という漢字の使い方や、ギターを借りて何かする気である点から、椎名林檎なのではないかと私(一斗)などは思うのだがいかがだろうか? 突飛に過ぎる説だろうか? 
というわけで手紙一つとっても無数の「?」が浮かび上がる。そしてわかっているのは、こういう例文のような手紙を実際に書いたところで、その「?」を解決してくれる「!」の返信は届きそうにない、ということである。
 ところで30年後の我々が読んでこれだけいくつもの謎が浮かび上がるのだ、30年後の人々は現在の女子高生たちのギャル文字を多用Uナニ乂→儿σ文を読ωτ〃`⊂〃ぅ思ぅσナニ〃Зぅ?