出没!元町ック天国

土曜日は秋晴れのいい天気だったので久々に元町界隈をぶらぶらと歩いた。みなとみらい線は高いのでJRに乗って石川町駅に降り立つと、何としたことかチャーミングセールの真っ最中で(知らなかった私もどうかと思うが)、なかなかの人出で賑わっておりました。そんな感じでひとまず元町通りを歩くことに。ところで小沢健二の『痛快ウキウキ通り』を聴くと、いつも私は元町通りを思い出す。多分ウキウキ通りってのが実際にあるとすれば、きっとここみたいな感じなんではないだろうか。まぁ元町通りにプラダのショップはないんだけど。
元町5丁目の通りの入口には、ラザールとジュエリーツツミがお出迎えである。20軒以上のジュエリーショップや、数々のファッションブランドのショップが軒を連ねるエリアで、女性陣にとっても、女性と一緒に来ている男性陣にとっても油断のならないところであるが、私にはジュエリーを買ってくれなどとうるさいことをいう女性もいないし、何よりそんなものを買う金がないので、気楽に見て歩く。おうおう、優雅なマダムがキタムラのショップに並んどるねぇ。あっちを見てもこっちを見てもそんなプチセレブな感じのマダムですよ。「もうね、マダムがぶぁぁぁぁあっているの。きんもーっ☆とかブログに書いてみようかと思ったが、どう見ても「きんもーっ☆」なのはこっちなので大人しく食い下がる。そしてスタバでアイスアメリカーノを買って歩きながらゴクゴクと飲んでやるのだった。痛快ゴクゴク通りなのだった。
で、そんなセールで賑わう通りの喧騒から逃れて港の見える丘公園に。谷戸坂を登らず、フランス山から登る。いやぁ、暑い。昨日のエントリで秋の気配がどうとか書いたが、やはり昼間は暑い。盛大にセミが鳴く中、フランス山の中腹のベンチでひと休みする。暑いのだが、木陰は涼しくていい感じだ。心地よい。しばらくボケーっとする。だって疲れたんだもの。
先ほど買ったアメリカーノを飲み干してしまうと、展望台を目指して再び登る。すると、展望台に出るところの手前に花束などが供えられた像があるではないか。なんだろう、と思って見てみると昭和52年に横浜市緑区(当時。現在は青葉区)で起きた米軍ファントム機墜落事故*1で犠牲になった親子を悼む像ではないか。青葉区ではなくこんなところにあるなんて知らなかった。亡くなった兄弟の祖父に当たる方の寄贈のようである。像に備えられたチラシによると、事故から28年を記念した講演会がまさに当日のその時間に、公園内にある神奈川近代文学館で行われているところのようだった。像に目を留めたのも何かの縁なので、目を瞑って合掌する。
で、展望台ですよ。港の見える、というよりは倉庫の見える丘公園という感じがしなくもないのだが、ベイブリッジを眺めながらやはりぼーっとする。連れと、どっちが遠くの文字が読めるか競争してみたりしながら時間を過ごした。やはりここに来ると落ち着くのを感じる。学生の頃はときどき授業をサボって、横浜から東海道線に乗らずに根岸線に乗ってこのあたりまで来たものだった。空は高く、日差しは暑かったが海から吹いてくる風はさわやかだった。いい気持ちである。
で、いいかげん飽きたら今度は外人墓地を横目に見ながら山手本通りを歩いてみる。と、垣根越しに見えたのはネイサン・ブラウン*2の墓ではないか。学生の頃作った問題の「その墓碑銘には『神よ、日本人を祝福してください』と刻まれている…」という前フリを確認したかったのだが、さすがに垣根越しには見えない。連れに「入りたいんなら200円払わないとダメだよ」と言われたが、わざわざ確認のためだけに金を払うのも癪だったのであきらめる。なおも山手本通りを歩くとエリスマン邸の前で、いかにもお受験の面接、といった風情の夫婦とおめかしした女の子の家族連れを立て続けに見る。横浜雙葉が近くにあるのだが、お受験シーズンにはまだ早いはずだ*3。おそらく学校の下見か模擬面接でもあったのだろう。がんばってくれたまい。
代官坂を降りて再び元町に戻る。途中、カラスの糞に直撃されるという悲劇があり、来ていたシャツと頭髪にいささか被害を受けた。泣く泣く、連れにウエットティッシュをもらって拭う。チクショウ、カラスもどうせならあのお受験親子にひっかけてやれっての。「ウンが着いた」とかいって喜ぶんだから、多分。
そんな感じで元町散策は無事終了。楽しい散歩でしたね。天気もよかったし。今日は行かなかったけど汐汲坂ガーデンでお茶をするのも気持ちいいです。サンドイッチが美味しいのでオススメですよ。元町にお出での際はぜひ。
秋は散歩のシーズンですね。今度は鎌倉でも行こうかな。あ、有名人の墓参りもしばらくしてないから、雑司ヶ谷青山霊園にも行きたい。奇特な方、ご一緒にいかがですか?



その日の『アド街』も元町だった。人気blogランキング

*1:昭和52年9月27日、ファントム機が住宅地に突っ込み、幼い兄弟と母親が犠牲になった。その事件は『パパママ、バイバイ』と題して絵本やアニメにもなった。ある年代より下の横浜市の小・中学生は学校などで見せられているはず。参考:http://www.cityfujisawa.ne.jp/~t.a.arai/takashi/atugikiti/papamamabyebye.htm

*2:明治6年に来日したアメリカの宣教師。明治12年、単独で我が国初の全訳聖書『新約聖書全』を訳出、出版。

*3:小学校受験のピークは私立なら10月中旬から11月下旬、国立は11月下旬から12月上旬頃。