彼女の行方

大学生の頃、語学の同じクラスに、思わず人目をひくほど綺麗な女性がいた。宝塚の男役もかくや、というほどの端正な顔つきで、スタイルもすらりとしていて、非常にかっこよい人だった。きっと、女子高とかにいたら、後輩からファンレターとかラブレターをたくさんもらっていただろうな、みたいなイメージである。実際、他のクラスの友達から「お前のクラスに、すげぇかわいい子いるだろ?」と何度か訊かれたこともあった。その度に「ああ、なんかそうみたいだね」と答えてはいたが、私は彼女と喋る機会や接点はほとんどなかったので、名前以外の人となりなどはほとんど知らなかった。ともかく、たとえ文学部とはいえこんな小汚く男くさい大学(いまは若干イメージも違うらしいけど)に、あんなモデルみたいな女性がいるのか、と感心したものだった。大学2年になった頃、私は彼女と同じゼミに所属することになったが、相変わらず私との接点はなく、そして相変わらず彼女は素敵な女性だった。
モデルみたいな、と思ったのも当然で、彼女は正真正銘のタレントだった。同じ年の秋頃から、彼女は『王様のブランチ』のレポーターとして活躍し出し、徐々に露出が増え、知名度も上がっていった。他のクラスの友達からは「お前のクラスのあの子、『ブランチ』出てるだろ?」と訊かれるようになった。また、月9ドラマの『DAYS』や、「サッポロ黒ラベル」「オプティフリー」などのCMにも出演し、彼女の姿をTVの画面で見かける機会が少しずつ増えていき、逆に学内で彼女の姿を見かける機会は減っていった。仕事で忙しいのか、ゼミも休みがちになっていった。同じクラス・同じゼミということ以外の接点はない私だったが、彼女の活躍は誇らしく、そして嬉しかった。
ある年、夏のゼミ合宿で河口湖に行ったとき(もちろん彼女は欠席)、宿泊していた山荘のロビーで、朝食の後みんなでTVを観ていたら偶然『ブランチ』がやっており、旅レポートで彼女は温泉に入っていた。朝っぱらから、同級生の入浴シーンをみんなでTVで観る、というなんともシュールなシチュエーションに、頭が混乱したことを覚えている。
そのようにして、彼女はタレント活動と学生生活を両立させていった。現役女子大生という肩書きのためか、ちょっと真面目で知的なイメージの番組に出ることが多かった。そして、我々は無事卒業の年を迎えた。卒論面接のとき、ゼミの担当教官が世間話で、ゼミ生の進路のことについて話した。教官は彼女の名を挙げ「あの子は、春からタレント活動に専念すると言っていたよ。NHKイタリア語会話』にレギュラー出演するそうだ」。
その当時、NHKイタリア語会話』は山口もえがレギュラーを務めており、他にも佐藤康恵などが過去に出演していて、注目度の高い番組だった。私は驚き、そして嬉しかった。NHKの語学番組なんて、知的という意味では彼女にぴったりだと思った。まして、山口もえの後任となればさらに注目度は高い。私は彼女のブレイクを予感した。
その後、彼女は『イタリア語会話』に1年間出演し、所属事務所の変更をはさみながら『ギンザの恋』などのドラマや『世界ウルルン滞在記』などのバラエティにも出演し、タレントとして順調な活動を見せていたかに見えた。しかし、一昨年あたりからあまり目立った活動がなくなり、現在はどの事務所に所属してどんな活動をしているのかは不明になってしまった。そもそも、芸能活動をしているのかどうかさえ、定かではない。
彼女の名は、北原奈々子という。

彼女はいま、どこで何をしているのだろう。もしかしたら、芸能界以外で自分のやりたいことを見つけてそれに向けて頑張っているのかもしれないし、再び芸能界で活躍することを目指して努力し、勉強しているのかもしれない。いずれにせよ、どこかで元気で過ごしていることを願う。同じクラス・同じゼミだったということ以外、何の接点もなく、私が勝手に一方的に応援しているだけの人ではあるけれど。
卒論面接の後、私は学生控室にいた彼女に声をかけ、最後の記念に握手をしてもらった(ゼミの追いコンにも彼女は来なかった)。そのときの手の感触と「(就職しても)頑張ってね」とかけてくれた声を私はまだ覚えている。彼女が私のことを覚えているかはわからない。




一応、ゼミ長をしていたのでもしかしたら覚えていてくれるかな。人気blogランキング