ケンタと私

私の小・中学校のときの親友で、ケンタという奴がいる。
地元の友達がほぼ皆無である私にとって、小・中学校の同級生で今でも連絡を取っているのは彼しかいないし、彼もまたそうである。その点から察しはつくだろうが、ケンタも私のようなややこしい性格をしている。いや、私のように小器用に人と合わせられない分、彼の方がよりややこしいといえるかもしれない。彼はすごくシャイで、口下手のうえに口数が少なく(というより、気を許した人間以外とあまり喋れない)、他人とのコミュニケーションがそれほど得意とはいえない。とても大人しくてもの静かな人だと周囲からは思われているが、考えていることはバツグンに面白くそしてキ○ガイで、いつも下らないことを話してはお互いに笑い合っている。つまりはまぁ、類が呼んだ友、みたいな関係である。
ずっとバンドをやっていたケンタは、高校を出たあと音響関係の専門学校に行き*1、その後、どこかの会社に就職した。当時まだ大学生だった私は「あのケンタも、とうとう社会人か。ちゃんと会社にとけ込んで仕事できてるのかなぁ」と感慨を深くしたものだったが、もちろん会社にとけ込んで仕事なんてできるはずもなく、また会社自体も少々問題のあるブラック企業だったようで、ほどなくして退社した。それからしばらく彼はフリーターをしていたのだが、突如「イギリスに留学する」と言い出した。フリーターは、その資金を貯めるための手段だったのだ。「このまま日本にいてぶらぶらしてても何もなさそうだから、せめて英語でも身に着けるために行ってくるよ」という彼に私はいたく感動した。あの、引っ込み思案で口下手で無口なケンタが、自分の主体的な意志で、何か前向きなことをするために、しかも日本を飛び出すことを決意したなんて! 彼の弟も一緒に留学することになったのだが、日本人が近くにいると英語が身に着かないということで、住むアパートも別々にするほどの気合の入れようだ。私はケンタのさらなる雄飛を願って、大いに歓送した。彼はロンドンへと旅立って行った。
それから3年ばかり彼はイギリスにいたのだが、やがて留学を終えて帰ってきた。さぞ逞しく、ひと回りもふた回りも大きくなって帰ってきただろうと思ったが、気のせいかあまり変わっているようには見えない。とりあえず彼を歓迎すべく昼から2人で横浜で遊び、夜、飲みに行った(ちなみに彼は全くの下戸である)。
「英語、できるようになったのか? 喋ってみせてくれよ」と何度もせがむ私に、彼は曖昧に笑いながらも頑として英語を喋ろうとしなかった。はじめは単に照れていて喋らないのかな、と思ったが、どうやら本当に喋りたくないらしい。さては3年も行っていて結局身に着かなかったのか、と訊くとそんなことはないという。でも、彼は留学の成果を私には見せてくれなかった。私に見せられないということは、彼の性格からして、他の誰にも見せられないということとほぼ同じである。
私は思った。ロンドンに行こうとどこに行こうと、英語は身に着くかもしれないが、口下手と無口まではそう簡単に直るわけではないのだ、と。結局その日、彼の口から聞けた英語は、居酒屋で店員の「お飲み物のご注文は?」に対して答えた「コーラ」だけだった。




結局、彼はいまもフリーターをしている。人気blogランキング

*1:「一人で行くのが怖いから」と言われて私は入学式に付き添い、ジーンズにTシャツ姿で「父兄席」に座って出席した。もちろんこんな性格だったので、専門学校でも友達はできなかったらしい。