ハツコイの味

先日、お中元的なものが家に届いた。カルピスのギフトだった。
そうそう、そういえば昔は――どれくらい昔かというと「カルピスウォーター」発売以前ぐらいの昔は――、カルピスっつったらお中元とかでいただくものだった。逆に言えば、お中元とかでいただかないと家にない=わざわざ自分ちで買わないものだった。茶色い瓶に入った濃縮された原液を、薄めて氷なんぞを入れて飲むものだったわけだ。あの、ちょっとゴワゴワな白い紙に青い水玉がデザインされた包装紙も涼しさを感じさせるのだ。そして、その包装紙をがさがさと破り、いよいよ飲むのだ。薄めるときの濃度の調節がミソだったりするのだ。貴重だから大事に飲みたいんだけどあんまり薄くしてもおいしくなくて、結局母親が作る、ちょっと物足りないかな、どうかな、というぐらいの薄めの濃度で大人しく飲んだのだ。ちょっとゴーヂャスな気分の日はかき氷の上にかけてしまったりした。幼心にプチキヨブタな気がしたものだ。フルーツカルピスと来た日には、もう盆と正月がいっぺんに来たよなアイテムだったのだ。これはさすがにそうおいそれとかき氷なんかにはかけられなかったのだ。単に私の家が裕福でなかっただけかもしれないが、「お中元でもらう、原液を薄めて飲むカルピス」には何かこう、ちょっと特別な意味や価値があったのだ。それはハレという言葉で表すのが適当なものだ、ということを知るのはだいぶ後のことだったのだ。カルピスごときが「ハレ」ってのもやはり貧しかった証拠のような気もするが、この際、それに関しては目をつぶるのだ。まだ私と弟が子どもの頃、大伯母*1の家に遊びに行ったときによく飲ませてもらったものだ。そんな大伯母も、もうとっくにこの世の人ではないのだ。
あまり甘いものは飲まないのだが、そんな懐かしいあれやこれやがカルピスの箱を見て私の中で次々と思い出された。また、クソ暑い日が続いてもいたので「たまにはカルピスでも飲むか」と箱を開けた。もう私は大人だから、カルピスごときで心を揺らしたりしない。平然と、何気なく開けてみるのさ。フフン♪ パカッ。
一瞬、面食らった。むしろ、箱を開けてからのほうが心を揺らしてしまった。あの、見慣れた白い水玉の包装紙が箱の中のどこにも鎮座ましましていなかったからだ。そう、ギフトの中味は「既に薄められている『カルピスウォーター』」のボトルだったのである。
HPで確認してみると、原液を水で薄めて飲む、例のカルピスはもちろんまだ原液の、じゃなくて現役の商品として売られていた。なくなってしまったわけではないようだ。
http://www.calpis.co.jp/gift/2006summer/calpisgift/index.html
しかし「カルピスウォーター」の出現以降、ギフトの中身も当然のごとく「原液」か「ウォーター」かのどちらかに分かれてしまったのである。冷静に考えてみれば当たり前のことだが、長らく「原液」しかない時期しか知らず、「ウォーター」が出た頃には甘いものを飲まなくなってしまっていた私には盲点だった。とにかく、私は無事カルピスにはありつけたわけだが、①瓶の栓抜きーの、②コップに原液注ぎーの、③水で薄めーの、④氷入れーの、⑤飲みーの、というプロセスを経ることなく、①注ぎーの、②飲みーの、という極めて単純化されたプロセスで味わうことになったわけである。それは確かに便利だ。そしていつも均質な、飲みやすい濃度でのカルピスを我々に提供してくれる。しかし、そこには濃いの薄いのに文句を言って兄弟ゲンカになったり、あるいは遠くから訪ねてきてくれた客人へ「特濃カルピス」を出して歓待の意を表したりする余地はない。お仕着せでお手軽なカルピスは、我々に手間をかけさせない。しかし、かけさせてもくれないのだ。
そういえば、「うらばぁ」の家で飲んだカルピスはずいぶんと濃かったような気がする。ただの気のせいかもしれないし、年を取って私の味覚が変わっただけなのかもしれない。いずれにせよ、それを確かめようにも、濃いカルピスを作ってくれる人はもういない。



西川口に「カルピスドーダ」という風俗店がある(あった?)。人気blogランキング

*1:浦和に住んでいたので、当時の私と弟は「うらばぁ」というなんともひねりのない呼び名で呼んでいた。