聞きまつがい

以前勤めていた会社の新人時代、研修が終わって自分の所属部署に本配属した当日のこと。
もう文字どおり右も左もわからず、実質「お客さん」的な私に、先輩は単純な作業を振ってきた。
私は当時、福利厚生関係の部署にいたのだが、私の勤めていた某社は待遇のあらゆる面で概ね国家公務員に準じており、「国家公務員共済組合連合会」という組織が運営している宿泊施設なども、職員は利用することができた。その宿泊施設の新しいパンフを、全国200ヶ所にある各下部施設に発送せよという、バイトでもできそうな作業だ。
私は殺風景な会議室で一人、もくもくと数千枚のパンフを数え、施設別の封筒に封入していった。すると、私しかいない会議室に課長がふらりと入ってきた。
怪訝そうに見つめる私の傍にゆっくりと歩み寄ると、彼は私の耳元で「経験、ある?」と訊ねた。
私は一瞬考えた。課長は私の何の「経験」のことを訊ねているのか? パンフ配送の経験か? しかしそんなものをわざわざ「経験」などというだろうか? 普通は「やったことある?」と訊くはずだ。だとしたらこれはもしかして、やはり……「そういう」経験のことなのか? え、ウソ? 待って、ちょっと待って。あれ、課長って奥さんも子供もいたはずだよね? でも、それはそれとしてそういうのがお好きな方もいると聞くし…。だからって白昼堂々? 私、配属初日にオフィスラヴなの? って何ヤっちゃう方向に流されてんだ私は。いくら新人だからといってそんなもん応じられるわけないではないか。しかし私は下っ端だ。ここは何とか、課長のご機嫌を損ねないようにやんわりと断らねば。
「あの…、課長。それは仕事中にお答えしないといけないようなご質問でしょうか? その、セクハラ的というか…」
「は? お前、何言ってるんだ?」
仕方ないもん、国家公務員共済組合連合会の略称が「KKR」っていうなんて研修で習わなかったもん。 




しかし後に私は、その課長に酔った勢いでキスされることになる…。人気blogランキング