重いコンダラ

昨年の6月頃の話。
その日、私は夕方の5時からとある用事があった。かつて大変お世話になった方にあるお願いをするため、その方の勤務先に伺うことになっていたのである。その方にお会いするの自体も6年ぶりになろうかというご無沙汰振りで、若干敷居も高かったのだが、面会のアポイントを取ると「一斗くんのことは今でもよく覚えています。いらっしゃるのを楽しみにしております」という丁寧なお返事のメールをいただいた。恐縮しきりで、前日から手土産の一つも用意して訪問の準備をしたわけである。
さて、その前日(というか日付変わった当日)私はダラダラと夜更かしをしてしまい、確か深夜の3時過ぎまでなんだかんだと起きていた。そしていつしか、トロトロと眠ってしまった。
ぐっすりとした眠りから、私はすっきりと目を覚ました。ずいぶんとよく寝入ってしまったようである。ふと部屋にあるアナログ時計を見てみると、文字盤は5時15分を指していた
私は一瞬血の気が引き、がばっと飛び起きた。カーテンを開けて外を見てみると、空は日が傾きかけていくかのような明るさである。とりあえず、慌ててTVをつけてみた(他にやるべきことがあったような気もするが、なぜかそのときはTVをつけたのである。地震じゃないんですから)。各局、軒並みニュースをやっている。ああ、そうだよ。夕方だもんな、夕方っつったらニュースだよな。
心臓がバクバクいってきた。どんだけ寝てるんだ、私。お世話になった方を思い切り待たせてしまっているではないか。この時点で約束の時間より遅刻なうえに、今から家を出たってどんなに急いでも先方まで1時間以上はかかる。間の悪いことに先方には私の携帯電話番号を教えていなかったし、私も先方の携帯番号を教えてもらっていなかった。というわけで、とにもかくにも先方の勤務先に電話を入れることにした。しかし、私が知っていたのは代表番号のみだった。指の震えを押さえつつ僕はダイヤル回したよ。フィンガー5か。言い訳を10やそこらは考えながら電話をかけたが、聞こえてきたのはなんと、取次ぎ時間外であることを告げる無情なテープのアナウンス。どわっ! アレか、5時を過ぎちゃったからか! これで先方との連絡手段は途絶えてしまった。どうしよう!? でも、もしまだ私を先方が待っていたとしたらどうだろう。いくら間に合わないからといって、このまま家でのうのうとしているわけにはいかない。というわけで、考えた末に出した結論は「遅刻でもいいからとりあえず行こう」ということだった。半泣きになりながらリビングでネクタイを結んでいると、パジャマ姿の父親がやおら自室から現れた。
「こんな朝っぱらから、どこ行くんだ?」
そう、私は朝っぱらの5時過ぎを夕方の5時過ぎだと真剣に信じて、狼狽しまくっていたのである。本当ですよ、ネタじゃないですよ。
何が怖いって、人間、思い込みほど怖いものはないのである。順を追って見ていこう。
①前夜3時まで夜更かししたのだから、朝の5時にすっきりと目を覚ますはずがない(思い込み・その1)

②ということはこの空の微妙に明るいような感じは、早朝ではなくて夕方のはずだ(思い込み・その2)

③それが証拠にTVだってニュースをやっている。早朝だってニュースはやっているが、まさか今が早朝なはずがない(思い込み・その3)

④見ろ、先方の電話だって取次ぎ時間外だ。早朝だってもちろん取り次ぎ時間外だが、今は夕方のはずだ(思い込み・その4)

ね? 「ね?」じゃねえんだよ。どんだけボンヤリしてるんだって話ですわ。ヘタしたら父親がパジャマで現れても「いや、最近父親もボケてきたから今は夕方だ」などと思っていたかもしれない。
そんなわけで、どっと疲れてソファにへたり込み、ネクタイを剥ぎ取ると私は悠々と二度寝した。そしてその日の夕方、改めて何食わぬ顔で先方に面会したわけだが、「しばらく見ないうちにずいぶんと立派になられて」という言葉だけはさすがにまともに聞くことができなかったのだった。




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