猿と、消えない炎

イスラエルの民話。


あるところに、一匹の猿が住んでいた。
この猿は、気はいいがあまり頭がよくなかった。
ある日、猿は落雷で木立の木が燃えているところに出くわす。めらめらと燃え盛る炎を、猿は初めて目にした。
「あれはなんだろう?」
音を立てて赤く燃え、揺らめきながら一瞬一瞬、形を変え続けていく炎に、猿は我知らず魅かれてゆく。
猿は、炎に近づいた。近づくに連れて、猿の体はあたためられ、冷え切った体が心地よく火照った。猿は幸せを感じた。
もっともっと、あの明るく赤いものに近づきたい。いや、できることならそれを手に入れたい。
猿はさらに炎に近づき、妖しくゆらめくそれに手を伸ばした。
「ギー!!」
猿は激しい痛みを感じて飛び退いた。それはいままで猿が感じたことのない痛みだった。それが「火傷」という名前で呼ばれるものであることを、猿は知らない。
猿は驚いた、そして惑乱した。手は、先ほど感じた痛みの確かな痕跡のように、赤く焼けただれている。
猿はもう一度、炎に近づいてみることにした。やはり近づくに連れて、体はあたためられ、やさしく心地よい気持ちに包まれていく。
美しく赤く燃える炎を見ていると、猿の心は躍った。しかし、それだけでは満たされないことを知ると、もう一度、その赤いものをつかもうとした。
再び猿は熱さに叫び声をあげ、焼けた手を押さえてのたうち回った。
今度は確かに、あの赤いものをしっかりとつかんだ。つかんだような気がした。
しかし、つかんだはずの赤いものはまるで水のように猿の手をするりと逃げた。実体のないもののように、猿の手をすり抜けた。
やがて、火は消えそうになっていく。
猿は神様のところに行った。
「神様、わたしにどうか、あの赤いものをください。このままでは、もうすぐあれは消えてしまいます」
神様は、猿をじっと見て言った。
「ならぬ。あれは『炎』というものだ。あれは誰かが自分のものとして、ひとり占めして持つことが叶わぬものだ。少なくとも、お前が持てるものではない」
猿は悲しくなって言った。
「わたしは、『炎』を見ているととても安らぎます。そしてあたたかくなり、しかし切なくもなるのです。見ているだけではだめなのです。あれをどうにかして手に入れたいのです。
わたしでは無理なのですか? どういう者ならば、『炎』を手に入れられるのですか?」
神様はかぶりを振った。
「お前では、だめだ。誰ならば『炎』を持てるのか、そしてそんな者が本当にいるのかは、この私にもわからない。ただ、いまのところ誰も『炎』を我がものにすることはできない、ということだ」
猿は、神様にもわからないことがあるのか、と思った。
「しかし、このままではお前があまりにも気の毒だ。本当は、火はいつしか消えていってしまうものだが、せめてあの『炎』が消えないようにしてやろう。だからお前は、それを眺めて暮らせ。ゆめ、自分のものにしようとしてはならぬぞ」
猿は、神様に消えないようにしてもらった炎の前に座り、それを飽かず眺めた。ときどき、自分が手に負った火傷を見つめ、その痛さを確かめながら炎を眺めた。
やがて猿はふらふらと立ち上がると、炎の中に身を投じた。
灼熱が猿を包む。やさしく揺らめいていた炎は、猿の体中を舐めるようになぶり、少しずつ焼いていった。
それに気付いた神様は、猿を炎の中から助け出した。


猿が何を考えて火の中に飛び込んだかはわからない。
ただそのときの名残で、いまも猿の顔と尻は真っ赤に焼けただれている。




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