コロッケの詩

いくら美味しいものだからといって、他の人に「ねぇねぇ、これ美味しいよ」と教えたり勧めたりするとは限らない。
「そりゃそうだ、あの店は俺だけの秘密なんだ」「他の人に教えちゃって、混んだり気軽に行きにくくなったら困るもん」。もちろん、そういう場合だってあるだろう。むしろ、「人に教えたくない」ということでいえばそういう場合のほうが多いかもしれない。しかし、それだけではない。たとえば、「誰が何と言おうと俺は好きだし、美味しいと思うけど、他の人もそう思うかどうかわからないんで、積極的に教えない。ていうか教えるほどでもない」という例だってある。ちょっと腰が引けてたりするのね。あんまり自信がないのね。でも、秘かに、しかし確かに好きなんである。自分だけのささやかな美味だ。
私の場合、それは近所の高橋精肉店のコロッケだったりする*1。私の中では、間違いなく美味しいコロッケだ。「美味しい」というより、「やさしい」「ほっとする」と言ったほうがいいかもしれない。
とにかくもう、何の変哲もない普っ通〜のコロッケである。ポテトがいい塩梅にほくほくで、ちょっと塩コショウをきかせたひき肉が過不足なく入っていて。茶色というよりはやや黄みがかかった衣のパン粉は、最近流行りの粗びきではなく、ちょっと肌理が細かい。可もなく不可もなく、そして不味からず旨からず。って旨からずじゃダメじゃんかよ。他の人がどう思うか知ったことではないが(そして実際食べさせても「ふーん、まぁ普通だね」という反応が返ってくるだろうが)、誰が何と言おうと私はこれが好きなのだ。ポテトコロッケ60円、肉コロッケ80円。どっちも手ごろなお値段である。私の母親は前者がお気に入りだが、確かに肉があまり入っていなくても美味しい。いつも、ご飯のおかずに買ってくるが、パンに挟んでもきっとナイスだと思う。私がここに住み始めてから、もうかれこれ20年以上は慣れ親しんだ味だ。ここのを食べてしまったら他のコロッケなんて食べられない、なんてことはもちろんなくて、ここ以外のコロッケもガンガン食べるし、ここのより美味しいコロッケはたくさんある。でも、私はとにかくこいつが好きなのだ。
しかし、コロッケなんてそんなもんでいい、というかそれがいいのではないか。はっきりいって高橋精肉店のコロッケは、駄菓子に倣って言うならばただの「駄コロッケ」である。神戸コロッケみたいに有名なやつとか、お取り寄せのコロッケなんかと比べちゃ悪いようなものだ*2。けど、高橋精肉店のコロッケは、いや、日本中のお肉屋さんのコロッケは、身近にいる、地元のささやかなファンに支えられて今日もジュワジュワと揚げられている。揚げたてを楽しみに買っていく近所のおばちゃんや部活帰りの中学生が食べてくれるから、今日も肉屋の大将はフライヤーの前で菜箸を振るう。それが、正しく幸福なコロッケと客との関係ではないだろうか。神戸牛のミンチの入った高級コロッケは、ハレの日にだけ出てくればいいのだ。
街の数だけ、街にあるお肉屋さんの数だけ、美味しいコロッケがある。どうだっていいことのようだけれど、素敵なことだと思う。




たまには気取ってカニクリームコロッケもね。80円なんだけどね。人気blogランキング

*1:教えてんじゃねえか、というツッコミはナシで。どうせ詳しい場所なんて、せいぜいKingTowerさんがわかるかどうかぐらいなんだから。

*2:念のために言っておくが、高橋精肉店は地方発送は受け付けていません。誰も頼みませんかそうですか。