神様とかくれんぼ

私はそのとき大学2年生で、まだ20歳だった。その日、土曜日なのにいつもより早く起きた私は、TVを眺めながらネクタイを結んでいた。
学生クイズ王決定戦、Man of the Year(マンオブ)の当日。優勝を狙っていた私は、気合を入れるために、普段はめったに着ることのないスーツで出場するつもりだったのだ。
学生クイズの日本一を決める大会。その存在を知った中学生のときから私は、必ず優勝するという目標を自分の中に掲げていた。たった四回しか出られない*1大会。昨年は一回戦で敗退し、苦杯をなめた。翌年は、参加者としてではなくスタッフとしての参加がほぼ決まっていた。だからチャンスは、今年を含めて、あと二回。
参加が予想される顔ぶれは、特に3年生・4年生を中心に強豪揃いだった。自分はまだ2年生だったが、正直、優勝にからめる実力はあると思っていた。ある程度の実力から上になると、誰が勝ってもおかしくない。実力が高いレベルで拮抗すればするほど、勝敗を分けるのは、純粋なクイズの実力以外の、「ちょっとした何か」になってくる。それは「運」と呼んでもいいのかもしれないし、それよりはむしろ「神様」に気に入られるかどうか、「神様」を自分の味方につけることができるかどうか、と呼んだほうがいいのかもしれない。
家を出る準備をしながら、時計代わりになんとなくチャンネルを合わせていたTV番組を観ていると、どこかの体育館からの中継映像が流れていた。2本のなわ跳びを使って、曲芸のように跳ぶ、あの競技が紹介されている。

「ああ、なんか見たことあるな、こういうの」と思って観ていると、画面の中のレポーターは言った。
「この競技はダブルダッチと言いまして…」
へぇ、これ「ダブルダッチ」って言うんだ。そんなことをぼんやり耳にしながら、私は会場である早稲田大学に向かうため家を出た。
それから11時間ほどのち。私は、マンオブの決勝戦の舞台に立っていた。予選を通過し、準々決勝では1点差に詰め寄られる危ない場面もあったがどうにか勝ち抜いて、私は念願だったマンオブ優勝に手が届く場所までやって来ていた。
勝戦の相手は3年生のhamcapさん。予選を8位で通過している強豪だ。
そして、決勝戦の序盤。
「Q.日本には、兵庫県の教師・荒谷芳生さんにより紹介された、スピード、規定、フリースタイル、フュージョンの4種目がある、2本の縄を用いるなわ跳びのことを何という?/」
ダブルダッチ!」
朝に見たTV番組の映像が脳裏に蘇った瞬間、ボタンを押していた。ほんの何時間か前まで名前も知らなかったものを、私は答えていた。
そして、それから数十分後。私は第15代目のマンオブチャンプとして、大会をしめくくる最後の解答を叫んだ。
この1問がなかったら、私は優勝できなかった。かどうかまではわからない。しかし、間違いなくこの1問は私に勢いをつけたし、流れも引き寄せたと思っている。正直なところ、これを答えたときに「ああ、俺、優勝するんだな」と思った。今日の自分は、そういう運命なんだ。「神様」が「お前、勝っていいよ」と言っているんだ。そう思った。
実力が拮抗すればするほど、勝負を分けるのは「ちょっとした何か」であり、「神様」を味方につけられるかどうかだ、と先に書いた。もしかしたら、勝負を最後の最後で分けるそんな「神様」は、実はいたるところに遍在しているのかもしれない。
でも、「神様」はちょっと意地悪で気まぐれだから、どこかにひっそりと息を詰めて隠れている。自分を見つけることのできたやつに、苦笑いと祝福を授けるため、ちょっとやそっとでは見つけることのできない場所にじいっと隠れている。いち早く、自分に「見ーっけ!」のコールをするやつを待ちながら、そっと隠れている。
私はきっとあの朝、TVを見ながら、「ダブルダッチ」をぼんやり眺めながら、自分でも知らないうちに心の中で「神様、見ーっけ!」と叫んでいたのかもしれない。
1997年12月6日。あの日から、今日でちょうど10年が経った。以降、クイズに限らず、勝負ごと(就職や恋愛だってもちろん「勝負ごと」だ)に何度か勝ってきたけれど、「神様」を見つけられて勝ったことはまだ一度もない。結果的にそれらは、見つけなくても勝てる戦いだったということなのだろう。
「神様」は、一生見つけられないで終わる人もいれば、何度だって見つけられる人もいる。次に「神様」に「見ーっけ!」と私がコールすることはあるのだろうか。そして、みなさんも、目をこらしてよく周りを見てみるといい。もしかしたら、あなたに見つけられるのをドキドキしながら待っている「神様」がいるかもしれないのだから。





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*1:実際は、大学生・大学院生であれば在学中は五回以上出場できるが、大学院には行かず、4年で大学を卒業する予定だった私は、四回しか出ないことに決めていた。