もうすぐ夏休み

私が小学生のころだから、もう20年以上前の話だ。私の地元では夏休みには、町内会館の近くの広場に小学生が集ってラジオ体操をやることになっていた。
ラジオ体操の監督(というのかな?)は町内会の役員であるおじちゃん・おばちゃんたちだ。ちびっ子たちの前でお手本を見せたり、参加した子にスタンプを押したり、といったことを朝も早よからやってくれる(やらされている)わけである。町内会の役員になんかなったばっかりに。
ところで、私の地元は横浜である。私は8歳のときに転居してきたのだが、驚いたことにというべきかやはりというべきか、周りの男の子たちはこぞって、「大洋ホエールズファン」だったのである。野球なんかビタ一文興味がなかった(というか、いまもない)私でさえ、何人かの選手の名前ぐらいは(友達の会話に出てくるから)知っていたし、クラスでちょっと足が速い子なんかがいようものなら、その子のあだ名はもちろん問答無用で「屋鋪」になった、そういう土地柄だったのだ。
さて、私が小学生のときの町内会の役員で、(たぶん)純粋な日本人だったのだが、ちょっと髪の毛が栗色でくるくるっとしていて、瞳の色もやや薄く、また口ひげをたくわえているおじちゃんがいた。もうおわかりだろう、そのおじちゃんのあだ名はポンセだった。子どもたちは、密かにそのおじちゃんのことを「ポンセポンセ」と呼んでいた。野球に疎い私(とはいえ、ポンセぐらいは顔と名前が一致した)にとっては、「いいじゃん、『マリオ』で」と思ったものだが、とにかくその彼は「ポンセ」だった。
そして、その「ポンセ」が、子どもたち、というか男の子たちに大人気だった。体操が終わった後、役員のおじちゃん・おばちゃんたちにハンコをもらうのだが、女の子たちが適当にばらけて並ぶのに対し、男の子はみんな、「ポンセ」の前に並んだ。「ポンセ」からハンコをもらいたがった。だから、いつも「ポンセ」の前には長い列ができていた。私は野球に興味なんてなかったから、ハンコなんて誰からもらっても同じだと、さくっと空いている列に並んでハンコをもらい、その行列をひややかに眺めていた。
友達の一人に「なんで『ポンセ』から(ハンコを)もらうの?」と訊ねてみたら、彼はこう答えた。「夏休みの間、毎日『ポンセ』からハンコをもらい通したら、いいことがあるんだって」。おそるべし「ポンセ」。生ける伝説、いや、生ける都市伝説になっていたのである。その「いいこと」の内容は具体的には明らかにされなかった。「親から好きなファミコンのソフトを買ってもらえる」という子もいれば、中には「今年こそ大洋が優勝する」という子もいた。ただ、その「『ポンセ』コンプリート」で実際にいいことがあった子がいたのかどうか、いや、そもそもコンプリートに成功した子がいたのかどうかすら、私は知らない。
私が知っていたのは、「ポンセ」の本名が実は「高木」さんということだけだった。





まだ町内に住んでると思います、「ポンセ」。人気blogランキング