小谷野敦『恋愛の昭和史』

恋愛の昭和史 (文春文庫)
文學界』に連載されていた「昭和恋愛思想史」を単行本化したものの文庫化。小谷野敦は『もてない男』が話題になったときから気になっていたのだけれど、今回初めて読んでみた。文学やTVドラマ、歌謡曲なども援用しつつ、日本近代における「恋愛」思想を明らかにしてゆく論考。
解説で赤川学が「よくこんなにマニアックな作品を読んでいるなぁ」と感嘆していたが、とにかく引用・紹介される作品の膨大さ・広範さがすごい。たいへん読み応えがある。
第2章の「失恋小説の誕生―久米正雄と『破船』事件」が面白かった。漱石門下の久米正雄と松岡譲が、漱石の長女・筆子をめぐって鞘当てを演じたことと、最終的に筆子は松岡と結婚し、久米はその事件を題材に『破船』などの作品を書いたことは私もなんとなく知っていたが、この章は『破船』以外にも『帰郷』『蛍草』『敗者』『夢現』『和霊』なども紹介されている(よくもまぁ、これだけ書いたものだけれど)。また、久米と懇意だった菊池寛が、やはりこの事件を題材に書いた『友と友の間』という作品も引用されている。
それより驚いたのが、久米と松岡が高校時代からの同郷の友人で、しかも松岡は新潟の「真宗の坊さん」の長男だったが、文学を志そうとしたため実家と揉めていたという事実である(私は知らなかった)。まるっきり、彼らの師の作品『こゝろ』ではないか。久米が筆子に魅かれ始めたのは漱石の死後なのだそうなので、この2人が『こゝろ』のモデルというわけではなく、現実が小説を模倣した形になるが、これにはなんとなく、因縁めいたものを感じた。
第16章「学歴と恋愛―学校の恋愛文化」、第17章「歌謡曲の時代」も興味深い。





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