非デリダ的誤配

私の現住所は、「泥沼区 へっぽこ台 18-1 ジェイルへっぽこ台 513号室」というところである。お察しの通り集合住宅なのだが、同区内・同町内の異なる番地「へっぽこ台 18-7」にも「ジュビロへっぽこ台」なるマンションがあるらしい。「18-1」と「18-7」、「ジェイル」と「ジュビロ」で、字面も語感も大変まぎらわしいので、ごくたまに、「ジュビロへっぽこ台」の513号室にお住まいの方宛ての郵便が、私の家のポストに届いてしまうことがある。
そんなときは、(このやり方が正しいのかどうかわからないが)とりあえずまた郵便ポストに放り込んでおくことにしている。そうすれば、また配達されて正しい宛先に届くだろう、と思ってのことだ。
先日、また「ジュビロへっぽこ台」の人宛の郵便が届いた。ところが、封書の表には「至急」と書いてある。これでは、またイチからポストに投函していては間に合わないかもしれない。というわけで、仕方なく、わざわざ「ジュビロ」まで出向いて、このはがきの宛名の人(女性のようだ)の家のポストに、直接投函してあげることにした。自宅からそう遠くないところのようだったが、正確な場所までわかっているわけではなかったので、地番を頼りに探しあてた。
そこで初めてわかったのだが、どうやらこの「ジュビロ」なるマンション、某企業の「女子寮」であるらしいのであった。そして当然、いまどきの建物なのでオートロックがついており、その建物の集合ポストはオートロックの向こうにあった。
私は途方に暮れた。しばらく逡巡したが、女子寮の前でウロウロしているなんて、私の風体的にちょっとリアル過ぎだ。意を決して、インターホンで513号室のボタンを押して応答を待ってみた。しかし、出てこない。留守なのか、あるいはモニタに映った、100%面識のない怪しい中年男(悔しいが、事実なのでそう書く)を超不審がって居留守を決め込んでいるのか。困った。途方だけでなく、日も暮れていく。いっそ知らん顔してそこらへんに放置して帰ろうかと思ったところに、別の住人(当然女性)が帰ってきた。
最後のチャンスと思い、悲鳴を上げられ、人を呼ばれるのを覚悟して声をかけた。
「す、すいません。こちらにお住まいの方ですか?」
「・・・そうですけど・・・(かなり警戒している)」
「実は私、そこの『ジェイルへっぽこ台』の住民なんですけど、私の家のポストに、こちらの513号室の方の郵便が間違って届いてまして、で、なんか急ぎのものらしいんで直接持ってきたんで、よかったら513号室の方のポストに投函していただけませんか?」
↑こう書くと、すらっと言えたように見えるが、なにしろ(認めたくはないが)風体が不審な私のこと。かなりの勇気を振り絞り、しかも必要以上に挙動不審に見られないよう必死だった。軽い息苦しささえ感じた。
「はぁ・・・、わかりました」
そういうと、その女性は私から郵便を受け取り、建物の中に消えていった。私は一目散に逃げ帰った。喉が渇いていたのは気のせいではなかったようだ。
しかし、ストーカー殺人だなんだと、やたら物騒な事件が多い昨今。いくら100%の善意から出たものとはいえ、誤解を招く可能性がゼロではない行動を取るのはどっと疲れた。そりゃ私とて、もしインターホンで本人が出てきたときの、「うわぁ、ありがとうございます! 助かりました。よろしかったらあがってお茶でも・・・」的な展開は妄想していたけれども(←それがいかんのだ、それが)。



登場する地名・番地・建物名はいずれも架空のものです(←当たり前です)。人気blogランキング