君はあの夏の野音を見たか

11年間、探し続けていたビデオが、先日ヤフオクで見つかった。
1994年8月14日、日比谷野外音楽堂で行われた爆風スランプのデビュー10周年記念ライブ「君はあの夏の野音を見たか」の模様を収録したライブビデオである。決定版!爆風スランプ大全集?君はあの夏の野音を見たか [VHS]
1994年8月14日、当時高校2年生だった私は夏休みの真っ盛り。爆風のファンだった私は、たった一人でその記念すべきライブの客席にいた。私にとって初めての野音で観るライブだ。
デビュー10周年の節目のライブだった。真夏だった。野外だった。17歳だった。ライブは大いに盛り上がり、名曲『月光』を聴く我々は本当に真夏の月光を浴びていたし、アンコールの『THE BLUE BUS BLUES』では私も他の客席と一体になって合唱したものだった。
そのときのライブがビデオとしてリリースされることは以前から明らかにされていた。そして、実際に10周年記念ライブに参加した者の特典として、参加した者の名前と位置を記した野音の座席表がビデオに封入される、ということも。私はライブの出口で、裏面に自分の名前を書いたチケットの半券を手渡した。そのビデオのリリースの際には「C−8−116」の位置に私の名前が記されるはずだった。そしてライブからしばらくして、ビデオはリリースされた。
当時の値段で税込4,800円。今ではなんということのない値段だが、アルバイトもしておらず、野音のチケットだってようよう手に入れた貧乏高校生にとっては、おいそれと買える値段ではなかった。私は自分の名前が本当にそこにあるのかを確認できぬまま、なんとなくビデオを買いそびれ、そしてそのまま11年の月日が経った。
もちろん、のちにアルバイトを始めて多少自由になる金が増えてからは折に触れてCDショップを探したし、さらにネットを始めてからは何度もオークションをチェックしたが、『君はあの夏の野音を見たか』は私のもとに来ることはなかった。とっくのとうに廃盤になっているそのビデオを諦めかけていた先日、本当に唐突に、オークションに出品されているのを発見した。もう親の仇にでも会ったような気がして、私はすぐさま入札していた。活動休止中のバンドの11年も前のライブビデオに食いついた物好きは私だけだったと見えて、あっさり落札できた。
11年ぶりに観る、日比谷野音のステージ。それなりの感慨と興奮をもって私はビデオを再生した。だが、11年前の映像の記憶はやはり曖昧で、あれだけ探し求めていたビデオの印象も「ふーん、こんなライブだったっけかな」という些か散文的なものだった。当たり前だ。あのとき17歳だった「少年」は、28歳の、「青年」というには少々くたびれてきている男になってしまっている。受け止める印象が違うのも無理はないだろう。ふっと、「本当に自分はこのとき、あのライブを観ていたのかな」という気になった。
でも、付属の座席表にはしっかりと、「C−8−116」の位置に「一斗茶太」という名前が記されていた。そのことだけが、自分があの1994年8月14日に、野音のスタンドにいたことを思い出すよすがだった。何度も何度も、私はその小さく記された私の名前を見た。そして、目を閉じて、その座席から見えたであろう日比谷公園の杜や、空に浮かんでいた三日月を思い出してみた。うまく思い出せたのか、いくぶん美化され歪められた幻影なのかはわからなかったが、確かにそこには杜や月が見えた。見えたような気がした。そして、あの歌声と歓声も聞こえてくるような気がした。スピーカーから聞こえてくるものよりも微かだが、少し懐かしい音で。
長年探し求めていたビデオが手に入って、私はとても満足した。ヴィヴィッドに記憶を刺激されたわけではなかったけれど、思いがけず、11年前に埋めたタイムカプセルを開けたような気分だった。
ひどく暑かった日のあの夜、17歳の私は確かに、たった一人で日比谷野外音楽堂にいたのである。



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