だんしじょし

何度も語っているような気がするのでまたぞろで恐縮だが、私は以前の職場で、人事関係の仕事をしていた。「ひとごと」と書いて人事である。で、当時の部署の先輩にトヨカワさん(仮名)という女性がいた。横浜の某名門女子高出身のお嬢様で英語ペラペラの才媛。にも関わらずお高くとまったところもなく、ざっくばらんで快活で、合気道を嗜むライダーという、まさに文武両道な人だった(ご想像のとおり、美人の部類にも入る人だった)。とまぁ、そんな飾らない人となりの素敵な女性がいたと思いねぇ。
ある日、始業時間が間もなくだというのにまだトヨカワさんが出勤してきていない。遅刻をするような人ではないのに、と訝っているとデスクの電話が鳴った。はたして彼女からだった。
「あ、もしもし。とまちゃん(彼女は私をそう呼んでいた)? トヨカワですけど。ちょっと気分が悪くなってホームで休んでたから、まだ横浜なの」
「気分が悪い? 大丈夫ですか? 休んだほうがいいんじゃないですか?」
「ううん、しばらく休んだら多分行かれそうなんだけど、そんなわけで遅れるから課長にそう伝えておいてもらえますか?」
「わかりました。無理はなさらないで」
「ありがとう。私、昨日から生理でさぁ。じゃあすいません、よろしく」
え、え、え? いま何か聞こえた? わ、私の、ボ、ボキャブラリーにはあるけど、じょ、じょ、女子の口から、あ、あ、あまり、き、聞いたことのない、た、単語が、そ、それもあの、す、素敵なト、トヨカワさんの口から…!? と僕は受話器を握ったまま、ちがう受話器も握りそうになりました……。♪デデデン、停学、無期限!!
って「渡辺校長の平成ハレンチ学園」ではないのであるが、ともかくも、「職場」という極めてパブリックなフォーマルグループにおける人間関係の中の女性(しかも素敵なトヨカワさん)から、普通は耳にしない言葉を聞いた私が少なからぬ衝撃を受けたのは事実であった。私はしばらく考え込み、クールダウンのため思わず1階の自販機まで煙草を買いに行ってしまったほどである(人事部は6階)。そして、昼前に近所の社会保険事務所に出かけるとき、社屋を出たところで遅れてやってきたトヨカワさんとばったり会った。
「あ、あの、もう大丈夫なんですか?(←話題と、朝の経緯が経緯なんでちょっと腰が引けてる)」
「ごめんねー、どうもありがとう。私ねぇ、けっこう生理重いのよ。やんなっちゃう。じゃ、またあとで」。そう言い残すと彼女は僕と入れ違いに社屋に入っていきました……。お前は退学じゃーー!!!! だから違うんですけど。
えー、女性の読者がドン引きしまくっているのを感じるが、臆せず話を進める。当たり前の話だが、女性のそういう現象というのは極めてパーソナルでプライベートなものであって(だから「朝イチの職場」というパブリックなシチュでそんなもん聞かされた私は面食らったのだ)、誰彼なしに伝えるべき話ではない。また、我々男性軍(『ヒントでピント』みたい)にしても、よほど親密な、つまり彼女・嫁さんクラスの間柄でもなければ伝えられたって困る情報である。それが証拠に私は職員の勤怠管理もしていたわけだが、生理休暇の制度を利用する女性職員はほぼ皆無だったのだ*1。「使わないと損じゃないですかねぇ」と野暮な男目線で部署の先輩女性(トヨカワさんとは別人)に聞いてみると「いくら人事とはいえ、会社の人間にそんなもん軽々しく知られたくないもん」と、他の女性を代弁するかのように語ったものだ。確かにそれは理解できる。だとしたら、なぜトヨカワさんはあんなことを私に、かくもあっけらかんと語ったのか? やはりお嬢様特有の屈託のなさがなせる業だったのか? それとも意外とアホだったのか? 私もトヨカワさんもその会社を辞めてしまったいまとなっては確かめようもないことである。後にも先にも、特に親密でもない女性からそんなことを唐突に告げられたことはないし、むろん、告げられたいとも思わない。
ところで生理痛とか陣痛の痛みを男性は絶対に理解できないし耐えられないという。何でも、男の体はそういったものに耐えられるようにできていないので、「陣痛クラスの痛みを体験したら死ぬ」のだとか。真偽は知りませんよ。以前『たまごクラブ』か何かの雑誌で、「陣痛の痛みがどんなものかを言葉で喩える」みたいな記事を見たことがあるが(何でそんなものを読んだのかは聞かないで欲しい)、いくら千万言尽くしたとしても、とうてい理解できそうにない痛みである、ということだけは伝わってきた。我々男としても、「股間を強打したときの痛み」を女性に少しでも理解してもらえるよう言葉で喩えてみたいがやはり無理であろうし*2、そんなもんを発表する機会も媒体もない。でもアレ、絶対女性は耐えらんないと思うよ。おそらく体験したら死ぬよ。ああ、究極的には男と女は分かり合えないのか。男と女の間には深くて暗い川がある。全然まとまってないけど、今日はこんなところで。



「小雪は年中生理痛っぽい顔をしてる」と前川やくさんが書いてた。人気blogランキング

*1:お役所みたいな会社だったので、申請さえすれば生休はほぼ問題なく認められたにも関わらずである。休暇の性質が性質だけに、申請が月イチでさえあればノーチェックだったが、それをよいことに「どう考えてもお前、ズル休みちゃうんか?」というデタラメな申請をする人が一人だけいた。

*2:中学生の時分、掃除の時間に女子とモップでチャンバラ的なことをしてふざけていて、女子の持ったモップの柄が私の股間をヒットしたことがあった。瀕死のアザラシみたいな声で呻きうずくまる私を、イノウエさん(実名)は怪訝そうに見つめていた。