ケータイ紀元前

携帯電話を持ち始めてから、7年半ほどになる。いや、本当はケータイじゃなくて京ぽんなんだけど。周りから「なんで頑なにPHSなんだよ」と笑われつつも、諸事情により7年半、しつこく使っている。Air H゛はベンリですよ。ネットもできりゃカメラもついてるもん。
私が大学に入った1996年、ケータイの普及率というのはどの程度であったか。ちゃんとした統計は調べていないが、私が大学1年当時、サークルの連絡網にケータイの電話番号を載せていた者は皆無に近かったと思う。それが3年生か4年生なるぐらいにはぼちぼち持ち始める者も増え(私もこの頃に持ち始めた)、この頃から名簿の電話番号欄に、いわゆる「イエ電」(自宅の固定電話)とともにケータイ番号が併記されるようになる。学内で見かけるサークル勧誘のビラにも、代表者のケータイ番号が記載されたものをよく見かけるようになった。そして大学を卒業した2000年頃には、もう学生にも常識的な必須アイテムとなっていたような気がする。私の高校〜大学期は、ポケベル→ケータイの端境期といってよかっただろう*1
さて、ケータイは人々のライフスタイルを(功罪相半ばとはいえ)劇的に変化させたことは疑いようがない。そしてそれは、恋愛のシーンをも変えちゃったわけだ。よく指摘されるところであるが、初めて好きな相手の家に電話するということのハードル並びにドキドキ感は、ケータイ出現以降、格段に低くなった。彼女以外の家族(もちろんこの場合、ジョーカーは彼女の父親)が出たらどうしよう、とか、家の電話は廊下に置いてあるもんだから家族に会話が聞かれてイヤなので公園の電話ボックスまでちょっとひとっ走り、なんてことはもうない。また、待ち合わせのすれ違いや遅刻した場合の待ちぼうけもケータイ以後はほとんど見なくなってしまった。ケータイによってリストラの憂き目に遭ったのはテレホンカードばかりではない。駅の伝言板もまた、その仕事を奪われてしまったのである(まだある駅も多いけどね)。ケータイは、待ち合わせというものをルーズにしてしまった。「じゃ、明日6時半に池袋ねー」「池袋のどのへん? 俺、あんまりあのへん詳しくないからわかんないんだけど」「んーとね、西武ってわかる?」「…わかんないかも」「じゃ、いいや。とりあえずブクロ着いたら電話して」ってな具合だ。緊急の場合の連絡手段がない状態で、初めて出会う相手を待つあのドキドキももう、味わうことはできない。
って長いマクラだったが、この恋愛のシーンを変えてしまったということは、J-POPや歌謡曲に歌われる恋愛の風景も変わってしまったのだよ、ということなのである。たとえば私が大好きな爆風スランプでいえば、『大きな玉ねぎの下で』という曲の世界はもうセピア色に染まってしまっているのだ。知らない方に簡単にかいつまんで説明すると、ペンフレンドの女の子を初めてのデートで武道館のコンサートに誘うが、結局彼女は来なくて出会えなかった、という歌詞である。本当にかいつまんじゃった。まず「ペンフレンド」っていうのがいないもん、このご時世。いるとしても国外だろうしなぁ。それに、彼女が遅れてたって連絡がつかずに出会えないってこともまずない。大体、初めて会う前にはお互いのケータイの番号とメアドを交換しているものだ。同じく爆風スランプだが、デビューシングルの『週刊東京「少女A」』には、地方出身の女の子が東京でナンパされて、電話番号が市外局番も含めて10ケタだから恥ずかしくて教えられない、みたいな歌詞が出てくる。そういえば、いまや東京03地域も市外局番込みで10ケタではあるが*2、そもそもナンパされたら教えるのはケータイの番号かアドレスだもの。そして裕木奈江にとっては鎮魂歌であるポケベルが鳴らなくて国武万里の。そりゃ鳴らないって、ポケベルなんて。どこ探したってねぇんだもの。昨年夏、東京を震度5強地震が襲ったときに都庁の一部の職員が口ずさんでいたことでおなじみですね。ってムダに2日続けて都庁批判? いや、他意はないんですけども。
そして、最初っから最後まで「ケータイさえありゃこんなことになんなかったのに」と言いたくなるのが、いんぐりもんぐり『ハッピーバースデイがいえないじゃん』です。ご存知であろうか? って曲以前にいんぐりもんぐりを知らない人のほうが多かったりしてね、今や。

かわいいあの娘の誕生日だから 兄貴のスーツで待ち合わせ 落ち着かない
財布の中身はとってもloneliness 福沢諭吉の姿が見あたらない
クールミントの味の下心噛んでる いくら待ってもあの娘が来ない
「ふざけんなよ」と言いながら帰らない
ハッピー・バースデイがいえないじゃん ハッピー・バースデイがいえないじゃん 
ハッピー・バースデイがいえなくて アマンドピンクがまぶしいBay City boy



待ちぼうけくった帰り道 駅の改札伝言板
見覚えある あの娘の文字で「バカ! バカ! 2時間ずっと待ってたのに…」と
ハッピー・バースデイがいえないじゃん ハッピー・バースデイがいえないじゃん 
ハッピー・バースデイいえないのは 場所を間違えた間抜けなBay City boy

どうですか、訳もなく恥ずかしい歌詞でしょう? ケータイ出現による恋愛シーンの変化の結果、こういった待ちぼうけ系の曲のマテリアルはなくなってしまいました。20世紀の遺物となってしまったのでしょう。その分、『ドッキドキLOVEメール』みたいな新たなマテリアルも生まれてきてはいるのですが。
他にも、ケータイ以後、成立しなくなってしまった曲ってまだありますかね? いや、きっとあるんでしょうけど。もしご存知の曲があったら教えてください。「初めて電話するときのドキドキ感」を歌った曲って何かあったかなぁ。




手軽さと引き換えに失ってしまったものもある。人気blogランキング

*1:確か、私が初めて付き合った相手は当時ポケベルユーザーであったが、2人目からはケータイを持っていたように思う。

*2:昔は03-***-****だったのですよ。しかもこの曲のキモは、東京の女の子だったら東京でナンパされたら03を省いて電話番号を言うので7ケタだけど、田舎者の女の子は10ケタ言わなくてはならない、という悲哀を歌っている点なのです。