バイトの思い出

今から9年ほど前のお話。私は当時大学生で、自宅の最寄り駅(といっても全然近くない)の隣の駅にある書店でバイトをしていた。昔から本は好きだったし、書店のバイトって一度してみたかったので、かなり安い時給だったが*1働くことにした。  
ところが、面接でその店に入ってみるまでわからなかったが、その書店はエロ本屋だったのである。むろんエロ本でない本も少しはあったのだが、売り上げのほとんどがエロ本、エロ漫画、AVで占められており、その他は普通の漫画、アニメ系雑誌、アイドルの写真集などがよく売れていた。なので友達などには面倒くさいので「エロ本屋」と言い切っていた。わかりやすい言い方をすれば、『文藝春秋』は品揃えにはない、というような店である。当然、客の9割9分以上が男性だ。そして、深夜26時半まで開けている。なんつうの、もう「深夜マイナスワン」って感じですよ。終電もとうに出た後、そこにエロを求めて集まってくる男たちの群れまた群れ。いろんな人がやってきたものだった。毎日決まって終電頃に来店し、しんねりむっつりとエロ本を眺めて買ったり買わなかったりした後、店の向かいの吉野家で牛丼を食って帰るさえないリーマン。毎月『BAdi』*2の発売日にやってきて買っていくアツいアニキ(ちなみに私も『BAdi』は時々(興味本位で)読んでいた。なかなか面白かった)。そんな人たちを観察しつつ、私はレジに立っていたのである。
さて、そんな「常連」さんの中に、非常に印象的な風貌の、というかご面相の人がいた。どのような顔か説明するのは難しいのだが、「ネズミ人間」といった感じだった。とにかく「ネズミ人間」とでもしか言いようがないのである。ぎょろりとしているが虚ろな目に、前にちょっと飛び出た前歯。ちょっと薄気味の悪い「ガンバ」みたいな感じの顔だ。年齢的には三十代半ばぐらいだっただろうか。
このネズミ人間、その風貌から来るたびに印象に残って覚えていたのだが、だいたい月に10日前後、いつも遅い時間にやってきた。主として成年コミック、とりわけロリコンものがお気に入りだったようで、来店時はそっち方面の棚の前によくたたずんでいた。そして、おめがねに適ったものがあれば買って帰ったりもしていたのである。
「へぇ、ネズミ人間はロリコンなのか」と私はぼんやり思った。むろん、実際に幼女にけしからん振る舞いに及びさえしなければ、ロリコンであろうが何だろうが自由であり、二次元の成年コミックを見て満足している分には誰にも迷惑をかけているわけではない。しかし「僕、年上好きなんだよねぇ」とか「俺、巨乳が好きでさぁ」というのに比べて、世間に堂々と言えそうな志向とはちょっと言い難いし、理解も得難いものだろう。
さてさて、一年足らずでそのバイトを(飽きてしまったので)辞め、別のバイトをしていたある日の夜。私は地元の私鉄の車内で、そのネズミ人間を偶然見かけた。まさか私のことなんて覚えてないだろう、とは思ったがとっさに顔を背け、目を合わせないようにした。いちばん端の座席に座っているネズミ人間をチラ見しながら様子を伺ってみると、何やらプリントのようなものを読んでいる。
「何を読んでいるんだろう?」と思いつつ、気づかれないようにこそーっと横から近づき、ネズミ人間が持っていたプリントを上から覗き込んでみた。プリントにはこう書いてあった。
「家庭訪問日程表」
教師だったのかよー!
家庭訪問というからには小学校か中学校だろう。繰り返すが、実際に幼女にいかがわしい行為をしない限り(また、間接的にもいかがわしい行為に加担しない限り)においては、その人がどんな志向を持とうが自由である。とはいうものの、そういう人物が小・中学校の教師だということに一抹の不安を感じてしまうのを禁じ得なかった。しかし、よく考えてみたらそういう志向の人間が教師をしているというのは不幸な、というか気の毒なことではなかろうか。生徒にとって、というより本人にとって。
ときどき報じられる、教員のわいせつ事案などの不祥事を目にすると、あのエロ本屋の店内とネズミ人間がちらりと頭をよぎる。彼はそんな不祥事を起こしていないとは思うけれども。




この店でのバイト体験は他にも色々あったのでまた書くかも。人気blogランキング

*1:当時で800円! シフトは18時から26時半なのにはっぴゃくえんっ! 22時過ぎてもはっぴゃくえんっ!! 8時間半全く休憩なしではっぴゃくえんっっ!!!(←歌舞伎町のテレクラか)

*2:ゲイの総合誌。公式サイトはこちら(クリック注意)→http://www.terra-publications.co.jp/badi/badi_top.html