『素敵』

素敵 (光文社文庫)
連休中に読もうと、本を何冊か買った中のひとつ。大道珠貴の短編集。大道珠貴芥川賞受賞作の『しょっぱいドライブ』を読んだことがあるきりだったが、なんとなく気になる作家だったので今回購入。
『しょっぱいドライブ』もそうだが、この作品も特にドラマチックなヤマやオチもない。家族や恋人などといった、闇も光も、愛も憎悪もそれ以外も潜んでいる人間関係が、リアルにちくちくと、しかし精緻に描き出されている。どうも私は、そういったヤマやオチの特別ない作品が好きなようだ*1
定年退職後、家にずっといる夫に気を詰まらせる妻、という夫婦を軸に、その子供たちとの関係を、無職で神経症気味の次男とその妻との対比で描く表題作や、成金に嫁いだ三女、自活できない娘と二人で暮らす、酒乱の夫に先立たれた次女、同じく夫を亡くし母一人・娘一人で暮らす長女の三姉妹の人生を次女の視点から描き出す『純白』などの短編があるが、そんなことより私の気に入ったのは、すべての作品の登場人物が福岡弁で喋っている、という点である(それを知っていてあえてこの本を選んだわけではない)。大道珠貴自身も福岡の出身なのだが、作中の会話文のほとんどが福岡訛りである。これはお好きでない方、九州出身以外の方には読みにくいことこの上ないだろうが、私としてはなかなか楽しめた。音読までしてみちゃったよ、イントネーションとかよくわかってないのに。
ちょっと長いけど引用。

「あんたちいちゃかったもんねえ。覚えとらんめえねえ」
と言った。
「運動会には来てくれんしゃったよ、あたし覚えとう」
と優子は誇らしげに言った。
「オカアサンはなんしよんしゃったとかいな」
と愛子が言う。
「オカアサン…」
と和子は宙を見てから、
「弟子を五人も十人も抱えとった床屋やもん、オカアサンにはすることいっぱいあって、忙しかったとよ」
かばうように言った。
「うん、オトウサンよりオカアサンのほうがつめたかったね、うちは」
「椿ちゃんはいつ出て行くと」
としげ美が訊いた。
「すぐまた戻ってくるよ」
と、愛子ではなく、和子が言うのだった。
「椿ちゃんは、興味があってそんな温泉とか行くだけたい。すぐ挫折して帰ってくるよ。あんたもそうやったやない。高校卒業してすぐ、オトウサンにアパート借りてもらって、あたしうらやましかったよ。あんた、一週間もせんうちに、家に帰って来たろうが。お弟子さんがたくさんおってうるさいけんいやとかって出て行ったくせ、寂しがって帰ってきたやん」
「なん言いようと、あれはオトウサンが、心配でたまらんけんって、勝手に引き払いんしゃったとよ。嘘ばっかり言わんでよ。あたしは出たかったよ、あんなうち」
和子は愛子の剣幕に黙りこくった。
                                           (「純白」)

これからしばらく、作品につられてインチキ福岡弁が出そうな気がするばい、しぇからしか(←テキトーにもほどがあるよキミ)。




読了したら清水義範の名古屋弁ものを読んでみて頭の中を混乱させる。人気blogランキング

*1:映画も、そういうものをあえて選ったわけでもないのに、観たいものを観ると必ずそんな作品だったりする。先日観た『黄色い涙』もそうだった。