彼女の近況

先日、実家に戻ったとき地元のファミレスに行ったら、フロアスタッフとして、私の中学のときの同級生の女の子が働いていた。女の子、といったって、むろんいまは私と同じ36歳の「おばさん」であるわけだが。
私は中学生のころ、その子のことが好きだった。友だちとして仲はよく、趣味も似通っていたので、本の貸し借りとかを通じて親しくなっていった。けれど、それより先に進むことはなく、たとえば学校以外の場所で会ったことも、確かなかったように思う。二十数年前の私は、相応にお子ちゃまで、相応に憶病だった。
今となっては、その子のどういうところがどのように好きだったかまでは、はっきりと思い出せない。ただ、彼女は今でも、中学生のころを少し彷彿とさせるような、ショートカットの髪形だった。私は、そのころからショートカット好きだったのだ。
彼女は高校を卒業した後、2〜3年ほどして結婚してしまった。相手は近所に住んでいる、十数歳年上の男性だということを、大学生の時分、地元のバス停でばったり会ったとき、彼女から直接聞いた。十数年前の私は、相応にショックを受け、相応に彼女におめでとうと言った。
彼女は、私の卒業アルバムに記されている「立川」という名字から、「南」という苗字に変わっているはずだ。そんなことを思い出した。
私のテーブルにオーダーを取りに来た制服姿の彼女の名札にも、だから「佐々木」と書いてあった。


・・・え、佐々木?


十数年余りの間に、彼女にもいろいろあったのだろう。その詳しいところは、私の知るところではない。ただ、オーダーを取りに来た彼女が、私の知っている姓と違っていた、という事実がそこにあるだけだ。
私は万感の思いを込め、かつて自分が好きだった、かつての少女にこう語りかけた。
「ぺペロンチーノとドリンクバー、お願いします」。
かしこまりました、とだけ言うと、彼女は私に一瞥もくれずに立ち去った。



このエントリの内容は事実ですが、登場する人名は全て架空です。人気blogランキング