甘味な誘惑

私が大学生だった頃のこと。サークルの例会後にみんなで飲んで、十数人で朝までカラオケということになったのだが、深夜から翌朝5時までのサービス料金が0時からスタートだったので、近くのファミレスで0時まで時間を潰すことになった*1
飲んだ後で腹もくちかったので、注文するものといってもせいぜいコーヒーなどで、まだ小腹がすいている者がフライドポテトか何かの軽食を頼むぐらいなのだが、後輩の一人(男)*2が思いつめたように言った。
「あの、俺、チョコレートパフェ頼んでいいですかね?」
一同はわっと沸き、ひとしきり「何を女の子みたいなものを頼んでるんだよ」と彼をネタにしてからかったのだが、いざ実際に注文する段になると、先ほど笑っていた連中も「実は俺も食べたいんだけど」「あ、じゃあ僕も」という感じで後に続いた。結局、4〜5人ぐらいがパフェ的なものを注文したと思う。意を決してその後輩が勇気ある口火を切ったことにより、多くの男たちが甘美なるパフェにありつくことができたのである、ってそんな大げさな話じゃないか。
当たり前の話だが、男だって甘いものが好きだ。いったい何故、たまたまXY染色体を持ち合わせて生まれて来たというだけで、クリームあんみつを口にしない人間だと思われなければならないのか? むくつけき男だからといって、豆大福を食べてはいけないという法はないはずである。何かで読んだのでうろ覚えだが、昨年亡くなった作家の見沢知廉氏は、服役中自由に甘いものが食べられないことの反動で、出所後パフェなどの甘いものを食べまくり、ついには糖尿病になってしまったのだという。かくも甘いものは、男をも魅了して止まない。
しかし、食べてはいけないという法がないことと、食べることへの障壁がないということはまた別の話である。察しはつくだろうが、先ほどの話に出たファミレスでパフェを食べた男たちは全員、当時彼女がいなかった。つまり、男にとって甘味やスイーツを食べる際の最大の障壁とは「男だけで食べに行くのに大変に勇気がいる」ということである。
バブル当時の流行語「おやじギャル」を例にとるまでもなく、平成以降、いわゆる「男性の聖域」的な分野にどんどん女性達は進出してきた。武豊オグリキャップの活躍で競馬の女性ファンが増えたことにより、いまや競馬場に若い女性が行くことは何ら珍しいことではなくなったし、昨今は立ち飲みスタイルの居酒屋にさえ若い女性が多いという。しかし、その逆は寡聞にして聞かない。「女性の聖域」と呼ばれる分野に張り詰めている堅固な馴染み難さを、男だけで突き崩すことは容易ではない。そして、その代表が「甘味屋」や「スイーツのお店」、「ケーキバイキング」などであることに異論は少なかろう。
女性だけで満たされ、笑い声や噂話やグチなどで賑やかにさざめいている甘味屋に男だけで行き、お汁粉を食べることの心理的なハードルの高さは、自分の排便シーンを全国のお茶の間に生中継されることに匹敵…はいくらなんでもしないが、まぁ相当に高いものであることは想像がつくはずだ。当の女性からすれば「別に男の一匹や二匹、甘味屋に紛れ込んだところで気になんかしないわよ。自意識過剰なんじゃない?」と思うかもしれないだろうが、それは違う。無言の圧力、プレッシャーは厳然として存在する。だとするならば、男が甘味の口福を手に入れるには二つの方法しかない。すなわち、人殺しをするくらいの捨て鉢で悲壮な勇気を振り絞って男だけで行くか、女性に同行してもらい隠れ蓑、免罪符にするかである。「いや、別に俺が食べたいわけじゃないんだけどね。彼女がどうしてもっていうんでね。で、こういうとこ来て何も頼まないってのもアレじゃない? だから田舎汁粉をね…」というような顔をして、男は甘美な甘味の誘惑に溺れるのだ。エクスキューズがなければ汁粉のひとつも口にできないとは、男は何と悲しく弱い生き物であろう。別のところで書いたことがあるが、私が勝手に考える「男が10代のうちに経験しておくべき10のこと」のひとつに、「女性と2人で甘味屋に行く」というものがある(残念ながら私は経験できなかったが)。初めて女性とお付き合いする(ことが多い)10代のとき、男は彼女や女友達にいざなわれて、初めて「女性の聖域」というものがあることを知り、そこに足を踏み入れる。その経験は、大人へのステップのひとつなのである。
で、最初のファミレスでの件に戻るが、彼らはそんな経験を10代のときにしていなければ、免罪符たる存在の女性も身近にいなかったのである。そんな彼らが、仲間うちだけで、ノリと酒の勢いの力を借りて、しかも甘味屋でなくてファミレスでパフェを口にしなければならなかった心境を思うと、思わず熱いものが頬を伝う。あれ、おかしいな。僕、甘いもの食べてるのに、目からしょっぱい汁が溢れてきてるよ、という感じなのである。
そこで提案したいのだが、甘味屋の前に「甘味お手伝い嬢」というのが立っている、というのはどうだろう。甘いものが大好きなのだが、一人や男同士で店に入れない男性に付き添って、一緒に食べてくれる女性である。店に入りあぐねている男はお手伝い嬢に、「一緒に入ってくれませんか?」と声をかける。女性は声かかり待ちをしているのだから、普通のナンパに比べて声もかけやすいはずだ。女性はにっこり微笑んで「はい、いただきます」と言うわけだ。そして店内で、男は誰憚ることなく、美味しい美味しいフルーツみつ豆なんぞをパクつく、という寸法である。もちろん女性が食べる分は男性が持ち、+αの謝礼もするのだ。
どう? ねぇ、これどう? ダメ? あまりに非現実的? でも「一人で甘味屋に入れない男性」と「甘味を奢ってもらいたい女性」の利害と需給が一致したいいアイディアだと思うんだけどなぁ。無骨で純情な男は、ようやく甘味屋に入れたものの、緊張のあまりお手伝い嬢の顔も見られない。でかい図体のくせして蚊の鳴くような声で品物を注文し、あとはひたすらテーブルにやってくるのを待っている。そしてやってきたそれを、夢中で食べる。夢にまでみた甘美な甘味を、ひたすら食べる。そんな男を黙って、莞爾として微笑み見つめる女性。これを慈母といわずして何といおう。母性だ。観音様だ。よくわかんないけど。
もちろん、あえて黙って食べている必要はない。せっかく一緒に入ってくれた女性といろいろと楽しくお話をして、仲良くなってしまったって一向に構わない。それがきっかけでお付き合いして、ゴールインするなんてのも素敵ではないか。「『紀の善』の白玉あんみつが、僕たちのキューピッドでした」だなんて、甘味だけに「あっま〜い!」お話でありますよ。
で、これだけアツく盛り上がって書いておいて申し訳ないんだけど、私はあまり甘いものは食べません。嫌いではないですけどね。



和菓子はさほど食べないな、あんこ苦手だし。人気blogランキング

*1:養老乃瀧」で飲んで、「ニッポン」に行く前に「デニーズ」で時間を潰したんですよ。懐かしい話ですね>当時のサークル関係者。

*2:I谷くんのことですよ。懐かしい話ですね>当時のサークル関係者。